あなたにおくる福岡県情報-福岡県のススメ|福岡県にチャレンジ

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福岡県のほんの一例だけを示しましたが、他にも福岡県についての情報はあります。 黒田氏は福崎の地に城を築き、その名を福岡とします。博多の町が得意とした海外との貿易の道は閉ざされ、多くの商人は異国との交易が一部可能であった長崎や、その他有力な城下町へと移っていきます。江戸時代を通じ、博多が九州のなかで最も栄えた町であることは変わりませんが、幕末にもなると海外との接点を求めた佐賀藩や薩摩藩のほうが新たな新技術を導入するようになり、長崎などとも比べてかつての勢いがなくなったのは事実でしょう。福岡と博多の町が一体となり、新たな市として歩むことになりますが、ここで地元住民の争いが勃発。

最終的には福岡県が、市の名称を福岡市とすることで決着を見ますが、なおも博多の住民は納得がいかずに議会に市名変更を訴えます。結果としては否決に至るのですが、議員の票数は何と同数。議長が否決票に回ることで博多市の名称が却下されるという、何とも収まりのつかない結果でした。現在も、福岡県の中心地は福岡市だけど、駅は博多駅であり、外の人間にとっては福岡というよりは博多というほうがしっくりくる、というイメージがありますが、それはこうした事情から作られたもの。

外野の人間としては、むしろどちらかに統一してくれ、と言いたくもなりますが、こうした問題はなかなか難しいものです。異国との接点があり、外交上、経済上、重要な要衝の地だったということが要因ですが、今も九州の一大都市であり、日本を代表する地方都市の1つであることも事実です。筑前国が福岡藩と呼ばれ、福岡と博多の二大都市によって形成されるようになるのは、江戸時代になってから。黒田氏は元々、近江国伊香郡、つまり現在の滋賀県長浜市あたりですが、そこの黒田地方の出身とされ、鎌倉時代末期からその名が登場します。

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