あなたが知りたい福岡県のこと-福岡県の現状|福岡県にチャレンジ |

ここでは、あなたに知っておいてもらいたい福岡県について紹介します。 なお、その起源は古く、17世紀から18世紀ごろの朝鮮にまで遡ります。これに唐辛子をまぶすようになり、明太子の原型ともなっているのですが、日本に渡るのは戦後になってから。このときの辛子明太子はまぶし型辛子明太子と呼ばれていて、スケトウダラの卵巣に食塩と食紅を添加した紅葉子、さらにトウガラシや酒粕を散布したものです。このときはまだ現在のような漬け込んで作るというスタイルではなかったのですが、年を重ねるごとに改良を重ね、1960年ごろには今に通じる辛子明太子の作り方が完成し、しかもこの作り方を無料で配布して博多の街中に広めます。
これが、福岡県、というより福岡市内で辛子明太子業者が急増するきっかけとなり、60年代から70年代にかけて新興業者が次々と誕生。ここまではまだ地元の名産品という扱いでしたが、1975年には山陽新幹線が博多駅まで開業。さらに、80年代になると大手業者によるパック販売なども始められるようになり、福岡やその一帯で知られる存在から、全国へと波及していきました。なお、現在では福岡県の業者だけでなく、どの地方の業者や料亭のような店舗でも独自に辛子明太子を作成するようなこともあり、最早福岡だけの特産品ではなく、日本人に広く親しまれている名物といえるでしょう。
とはいえ、福岡の人々にとっては、十分地元の特産品であり、愛着も強いようで、全国に存在する辛子明太子製造業者のうち、約8割近くが福岡市内に集中しているといわれるほど。というより、あれは東京の土産物ではないのか、とお思いになる方も多いでしょう。このひよ子、元々は大正元年、つまり1912年に福岡県飯塚市のお菓子屋で生まれたもので、れっきとした福岡生まれ。この飯塚という土地はお菓子作りが盛んで、その理由は付近一帯に炭鉱があり、多くの労働者がエネルギー源を求めていたことが大きいとされています。